北 大寮歌祭

 

 北大寮歌とはその名の通り北大の学生寮である恵迪寮で作られた歌のことである。寮歌は寮生のものと考えられがちだが、同じ北大生 が作った歌であり、「北大生の心の歌」として北大に存在している。寮歌ではもちろん恵迪寮での生活の素晴らしさを歌っている部分もあるが、大部分は北大の キャンパスで学び、遊び、育んできた想いや、北海道の自然の素晴らしさ、壮大さを歌っている。北大寮歌は明治四十年から作られ始め、現在でも年に一回の ペースで作られ続けていて、総数は百曲を超える。現在でも寮歌を作り、また、歌い継がれているのは全国でも北大だけである。これはとても素晴らしい伝統 で、北大の誇りある文化の一つである。
 寮歌の中でも一番広く歌われている寮歌、明治四十五年度寮歌「都ぞ弥生」は、旧制第一高等学校寮歌「嗚呼玉杯に」、旧制第三高等学校寮歌「紅萌ゆる」と 共に日本三大寮歌と言われており、映画トトロやゴジラでも登場したり、カラオケにも入っていたりと全国でも有名である。また、この歌は北大生に一番密着し た存在であり、北大のクラブやサークルのコンパの最後には皆で肩を組んで「都ぞ弥生」を歌ったり、音楽系の部活では演奏や合唱をしたりする。


 北大寮歌祭とはこのような北大寮歌を広く存続させるため、また北大生の交流の一環として、また純粋に北大生一丸となって母校の歌 を歌おうというお祭りである。
 第一回寮歌祭は昭和42年11月20日、クラーク会館にて挙行された。開始時間には会場は満員となり団長、学長などの挨拶の後、応援団による「檄文」に て寮歌祭は勢い良く幕を開いた。応援団が先頭になり、明治四十年度寮歌「一帯ゆるき」から寮歌が始まり、途中からは一般北大生やOBなども応援団と共に壇 上に上がり、場内一体となっての大合唱となった。休憩を挟み、ブラスバンド部の演奏や小樽商大応援団の友情出演などもあり、昭和四十一年度寮歌「いつの日 か生命結ばん」まで計12曲を歌った。会場には新聞社なども来ており、最後は誰しもが興奮する中、学長が壇上に上がり、全員で「別離の歌」、「都ぞ弥生」 を歌って幕となり大成功の内に終わった。
 
 その後、開催時期、開催場所、形式を変えながら、だいたい一年に一度のペースで開催され、平成16年5月13日に行われた第三十六回北大寮歌祭では、北 部食堂を会場として行われ、新入生のクラスごとに割り当てられた課題曲をステージの上で歌っていく第一部、間に応援団による「檄文」、応援吹奏団による 「マーチメドレー」の披露を挟み、皆が大きな輪になり自由に寮歌を歌っていく第二部、というように二部構成で行われた。第一部では肩を組んで元気良く歌う 者、歌いながら踊る者もいて、寮歌の歌詞である「蛮声放歌乱舞する」の如き様子に会場は熱くなった。第二部では皆が大きな円を組む中、真ん中に小さなス テージがあり、寮歌を歌いたくなったらステージに上がって寮歌をかける形式で行われた。一人走り出したのを合図にして、他の北大生もタンを切ったように走 り出す。歌い出せば有り余るエネルギーで会場を縦横無尽に動き回り謳歌して、皆心から寮歌を楽しんでいた様子であった。そんな雰囲気のまま数曲歌った後、 「都ぞ弥生」の大合唱。歌い終わるやいなや続いてストームである。北大寮歌祭はここで一度終焉を迎えるが、教養センター前に場所を変えての有志による鳴り 止まないストームの蛮声と歓声。夜中になってもお構いなし、勢いは止まらず、空も白んで朝日も昇ってきて頃、満足な面持ちと共にストームは終わりを迎え た。この瞬間、大いに盛り上がった北大寮歌祭も本当に幕を閉じた。



さらに北大寮歌祭について知りたい 方は、北大応援団名誉顧問山元周行先生が書かれています寮歌小史をご覧下さい。